夜空と月の露天風呂

モクジ
濃い水の香りがする。
それもそのはずで今イギリスは湯に漬かっていた。
彼の体を浸すそのお湯はたぷんたぷんと静かに揺れている。
ねてしまいたくなるくらい温かい。

「イギリスさん。」
静かで耳に心地よい声が左側から聞こえてきた。
「日本。」
「どうぞ、もういっぱい。」
日本は湯桶の中に置かれた徳利を持ち上げて、目の前に差し出した。
ととと、とイギリスが持つお猪口に透明な液体が注がれて、ふわりと酒の香りが広がる。
「・・・・・・大丈夫ですか?
お口に合わなければどうぞ、無理をなさらずに。」
酒をちびちびと啜るイギリスを見て日本は心配げだった。
「いや。 うまいよ。」
イギリスの返事にほっとしたのか日本はそれならばよかったです、と小さく微笑んだ。
瞬間、さらりと彼の黒い髪が流れる。
水を多少含んでいる髪はいつもよりいっそう暗い黒でつやつやしていた。

それにしても、夜空のようだとイギリスは思った。
日本の髪も、瞳も。
今、頭上に広がる黒い暗い空の色をしている。
初めて彼を見たときも、そう思った。
ぎゅっと夜を詰め込んだような、どこか底知れない恐ろしさと孤独。
特に瞳は夜そのもので、感情を持たず果てのない闇を感じさせた。

「イギリスさんの、」
「ん?」
「イギリスさんの髪は月の光に照らされて綺羅綺羅と美しいですね。
まるで、二つ目の月のようです。」
「それを言うならお前の髪は夜空のように真っ暗だな。瞳も、 優しい色だ。」
優しい。
そう思う。
彼の黒はすでにイギリスに冷え冷えとした恐ろしさを与えることがなくなったばかりか、ゆっくりと包み込むような優しさを感じさせるようになっていた。
それはまるで優しい夜のように。
「ふふ。では、私はイギリスさんから離れられませんね。」
「・・・えっ?」
普段より幾分か幼い表情で日本は笑った。
普段でも幼い顔立ちである日本がそのような顔をするととてつもなく幼く見えるのであるがそのようなことを言えば、彼は「あなたよりはずっと長く生きているんですよ!」と抗議するに違いなかった。
日本人は、若く見えるというけどそれにしたってこれは詐欺のレベルだろう。
こんな風貌でじいさんだといわれても、なかなか信じられない。

「だってそうでしょう?
月がない夜空なんて寂しすぎます。」
「じゃあ、俺も日本がいないといけないな。
夜空がないと月は輝いていられない。」
言った後に、なんて大胆な言葉をいったのだろうかと少し恥ずかしくなった。もしかしたら顔が赤くなっているかもしれない。


「では、イギリスさん。
これからも末永くよろしくお願いします。」
「・・・・・・ああ。」
では、もういっぱいと勧める日本から酌を受け、本当に月と夜空の関係でありたいと願った。


モクジ

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