モクジ
泣いてしまいそうな幸福感はあるのだろうか。
全身に喜びがあふれてしまいそうなものでも、思わず走り回りたくなるようなものでもなく、わんわんと泣き出してしまいそうな幸福。
俺は、あると思った。


伏せた顔をむりやりのぞきこまれた。
「おーい?イギリス?」
「うっさいだまれ。」
「ひどい!心配してやってんのに!なに、ツンデレってやつ?
でもお兄さんはツンデレ属性じゃないのでうれしくありませーん。」
「ドーヴァーに沈めてやろうか、ひげ。」
「だから、心配してやってる恋人にその態度はないんじゃないの?」
「こ、恋人、ば」
馬鹿じゃないよ、と自分の言葉を先取りして、フランスは呆れたように笑った。ぎゅうぎゅうと抱き合いながら(といっても、フランスが一方的に抱きしめているような形ではあるが)話すような内容ではない。……少なくとも、順調な恋人同士が。きっとはたからみたら、変なカップルだなと思われていることだろう。

「んで、なんで泣いてるのよ、俺のイギリスちゃんは。」
「泣いてなんかっ……」
「あるだろ。」
フランスは、あーもーはいはい、目もとこすらないのーと子供をあやす様にイギリスの手首を捕まえた。なんで俺の親みたいなんだよ、しねひげと思ったが、うまく言葉にはならなかった。

ちゅく、と目元にたまっていた涙を吸い上げ、赤くなっている皮膚をなめられた。
「おま、」
「いいから。」
何がいいものか、とフランスに抗議しようとしたが、唇に指を当てられて黙らされた。ずるい。そのまま奴は、頬にある涙の跡を丁寧に指で撫でて、鼻先にちょんとキスを落とした。それはそれは恋人を甘やかす様に、とびきり甘ったるく優しく。そして、イギリスの額に自分の額をこつりとつけて告げた。
「ほら、泣きやんだ。」
「……馬鹿かお前。」
甘さが滴るような瞳を細めて、俺を見るな。泣けてくる。
一度無くしたこの温もり、愛情、キス、エトセトラエトセトラ。すべてが昔を思い出させて切ない。でも、また手に入れたことがうれしくて。

「フランス。」
「ん?」
「お前がいる限り、俺は泣くぞ。」
「なにそれ、イギリスの鬼!」

俺は泣く。
お前がそうやってそばにいる以上、この泣きそうな幸福感で。
モクジ

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