気付いた時にはもう遅い。

モクジ

    

地理、国交、交友と全てにおいて二人の距離は遠すぎずしかし近すぎないものであった。
しかし、最近近すぎる気がしてならないとイギリスはケルト模様のカフリンクスを留めながら思った。地理は急に変動するものでもないし、国交は相変わらずである。問題は、二人の個人的な関係、だ。イギリスは特に変わらず相手と付き合っていたと思っていたのだが、それは考え直したほうがよさそうだと気付いた。
世間では、親しい友人、と評される程度に密な関係になっているようなのだ、自分とフランスは。
その現状を理解したとたん、ぞわりと背筋を這い上がる悪寒のようなものを感じた。あの、腐れ縁で喧嘩ばかりしているいけすかない髭野郎と俺が、親友だなんて!
この、おぞましい現状を気付かせるきっかけになった極東の島国のことを恨んでしまいそうなくらいには最悪な現状だ。(勿論、日本のことは友人として好感を持っているし、筋違いなので恨んだりなどしない)

それにしても、今更になって何故?
二人の関係は、すでに固定されて安定していたはずなのに何故今になって、急に動き始めたのだろうか。
ふーむと考えながらタイを選ぶ。青、いや今日は赤のストライプだ。そういえば、ストライプといえば右上がりであるはずなのに、アメリカの家のストライプタイの柄は何故左上がりなのだろうか。今度問い詰めてやろう。
おっと、考えがそれてしまった。……そうそう、フランスについてだ。やはり、一番妥当な線でいくならば、何かイギリスから得たい情報がある、しかも相当あいつにとって価値のあるやつだ。そして、それを得るために俺に近づいてきているのだろう。

これは、面白いことになっているのかもしれない。うまくやれば、フランスで遊べる絶好の機会じゃないか、とにやりと質の良くない笑いを浮かべながらイギリスはタイピンをつけ、やや厚手で光沢のあるドスキンのジャケットを羽織った。

シャツ、タイ、タイピン、ジャケットにスラックス。
皺一つなくぴしっと整えられていることを姿見で確認してイギリスは満足げに頷いた。ブリティッシュスーツは今日も、上品で落ち着いている。実に紳士的で素晴らしい。
さて、出かけようと愛用の懐中時計を手に取った。もう、百年近く使っているそれがイギリスは好きだった。デザインも勿論だが、機械式の動作機構であるため、数日に一度は手巻きする必要があるのも気に入っている。自分の手で時を進めているような感覚。それはともすれば時間感覚がなくなってしまいそうな『国』である自分を、今に引きとどめてくれている、そんな気すらする。そして、壊れるまでずっと自分と共に歩んでくれるのだ。カチコチと低く優しい音で。

8時と4分の1時間。
いつも家を出る時間より、少し早いことを確認してイギリスは顎に手を当てた。この数分の時間の使い道について素早く考えを巡らせたところで、携帯電話を取り出し通話ボタンを押す。かける相手は、フランス。

出勤前の数分は、明日の約束を取り付けるために使われたのだった。

モクジ

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