あたたかいからだ、じんわり
サンプル
「お二人はお付き合いされていないのですか?」
「え?」
「は?」
1骨没法
ここは、大学のキャンパス内だ。日本でも名のある芸術大学であるここは、音楽・絵画・映像・文芸・工芸などの学部を有している。その中でも特に音楽学部は名門であり著名な音楽家を輩出してきたところであった。そのキャンパス内にあるカフェテリアに3人の男がいた。先ほどの疑問を発したのは黒髪で小柄、柔和な風貌の男で、名を本田菊といい繊細で美しい日本画を描く。そして、その疑問に驚いた声を返した二人は癖のある肩までの金髪に青い瞳の男と、短いくすみのある金髪の男であった。短い髪の男、アーサー・カークランドが菊へと言葉を返す。
「…なんだか実に不愉快な言葉が聞こえたんだが、俺の聞き間違いだろうか。もう一度言ってくれるか、本田?」
気難しさが透けて見えるような堅い口調での質問に、柔らかく頷きながら菊が答える。
「お二人…アーサーさんとフランシスさんは、恋人同士ではないのですか?とお尋ねしました。」
慎み深い彼には珍しいあけすけな物言いに戸惑いながらも、アーサーは先ほどより数段強い調子で返した。
「……ちちちちち、ちげーよ!何で俺がこの髭野郎と恋人になんなきゃいけないんだよ!!」
がたん、と椅子から立ち上がりテーブルを叩きながらの抗議に“髭野郎”と称された青い瞳の男、フランシス・ボヌフォアが苦笑する。
「落ち着きなさいよ、坊ちゃん。そーんなにあわてることもないでしょ。」
「そうですよ、アーサーさん。不愉快にさせてしまうことを申し上げたことはお詫びいたしますので、どうか気を落ち着けては頂けませんか?」と菊も付け加える。
「……」
二人の冷静な対応にバツが悪くなったのかもしれない。アーサーはしぶしぶと椅子へと戻った。
まあ、菊ちゃんには逆らえないからね。とアーサーの菊への執心ぶりにフランシスは些か不満を覚えながらも、菊へと向かい合う。すると、アーサーが質問を重ねていた。
「…なあ、菊。なんで、そんなことを聞いたんだ?そう思った訳を教えてくれないか?」
「…訳、ですか?そうですね、まずお二人の雰囲気。過剰な親密さはどう考えても恋人同士としか思えません。次に、服装です。アーサーさんが巻いてらっしゃるストールはフランシスさんのでしょう?そしてフランシスさんのかぶってらっしゃるハットはアーサーさんのですよね。服の交換だなんてめったに、それこそ友人程度の関係ではしないはずです。三つ目に話を聞く限り、お二人は一緒にいることが多くておられます。昨日もフランシスさんのご自宅に泊まられたんでしょう?今週に入って2度目ですよ、お泊り。そして……。」
「もう、もういい!本田!」
やめてくれお願いだから、とアーサーが叫ぶ。
「…すごいね、菊。
まさか、そこまでみてるとはおにーさん思ってませんでしたよ。」
「フランシス、感心してる場合じゃねえだろう!」
ぎゃんぎゃんと吼えるようなアーサーに落ち着いてくれと再度声をかけながら、すかさず菊へと視線を飛ばす。
―アーサーの血圧が上がって倒れちゃったらいけないから、この辺にしてもらえないかな?
―わかりました。
菊の察しの良さに感謝しながら、無事にアイコンタクトでの会話を無事果たした。
「アーサー。お兄さん、何か飲みものとってくるよ。ご希望は?」
「紅茶……はないのか。珈琲でいい」
「りょーかい、一人で運ぶの大変だし、菊ちゃんも手伝ってくれる?」
「はい」
大学の学食には無料の飲料ディスペンサーがあり、カフェもその例に漏れずに設置してある。
他の学食のものと違い白と黒でスタイリッシュなディスペンサーが置いてあるのはいいのだが、味にこだわって飲料を提供している場所に、質より量といった具合のこの機械を置くのはどうなのだろうか。大学側の考えることはたまによく分からない。
因みに飲料の種類は、水、緑茶、珈琲で、紅茶党のアーサーはいつも「紅茶だけないのはおかしい!」とぶーたれている。
「それにしても、菊。
あの質問は不穏すぎるだろー?」
ぴっ、と珈琲のボタンを押しながらフランシスは言った。
「だって、気になってたんです。でもまさか付き合ってないとは思いませんでした。手の早い、というか守備範囲内なら恐ろしいほどの速度で狩猟していく貴方が手を出していないなんて。」
「ちょ、ちょっと菊。おにーさんのことなんだと思ってるの?」
「好みなら男でも女でもな両刀で好色。かつ、質の悪いことに性的魅力に溢れた23歳。」
「…あー、間違ってはない、かも。」
珈琲のカップを手渡し、次のカップに緑茶を注ぐ。
「それで。」
「ん?」
「なぜ、アーサーさんには手を出されないんですか?好みなんでしょう?」
「んー…好みだけどさー、別にこのままの関係で満足しちゃってるというか。」
「おや、貴方にしては随分消極的なんですね。でもいいんですか?最近、アーサーさん仲の良い人が出来たんでしょう?
……取られちゃいますよ?」
「それは、ないない。だって、餌付け完了しちゃって坊ちゃんは俺がいないと生きていけないし?
…それになんだかんだ言って、あいつが最終的に頼ってくるのは俺だからね。」
「…ご馳走様です。」
「ん、あとは俺の分の珈琲だけだから先に持っていって貰える?」
「分かりました。」
そうなのだ。アーサーとフランシスが周りからどれほど親密に見られていようとも、二人は本当に唯の友人なのである。アーサーは一切フランシスに恋愛的な意味で興味を持っていないし、フランシスも特別に恋人にしたいわけではなかった。二人の関係は友人以上ではあっても恋人ではないのである。