幸福な朝の食卓

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三日月が鋭く輝いている静かな夜だった。家の明かりは落され、夜の黒と同化するように沈黙している。それもそのはずで、家主は一日の活動を終え、また新しい朝のために眠りについているのだった。


白くて、暖かくて、ふわふわしたところに意識があった。それはとても心地が良くて、深く深くそこに沈み込んでいた、はずだった。何かが、自分を無理やりに引きずりあげているらしい。純粋な不快感にフランスは襲われた。
「……ぃ」
無音の空間にノイズが混ざり始めた。「おい。」
ああいやだ、と逃げる間もなく、意識を浮上させられた。
「……イギ、リス?」
寝起き故の整わないかすれ声でフランスは疑問を呟いた。薄暗く、廊下からの明かりが頼りなく差し込んでいるだけ部屋に、ぼんやりと彼が存在していた。鈍く金が光っている。けれど、瞳の色は確認できない。今、何を浮かべているのかなどと思考の纏まらない頭で考えて、しかし纏まりきる前に眠気が妨害してくる。
何故、ここにいる?だとか、どうしてこんな時間に?だとか聞きたいことは山ほどあったが、それらを全て放棄してフランスは眠ろうとした。頭も体もまだあのふわふわとした空間に取り残されている状態で、意識だけ引っ張られてきたものだから苦痛を感じるくらいに気だるい。
「Bonne nuit」と回らぬ舌で挨拶を残して背を向けた。
「おい、寝るな。起きろ。」
ぐいぐいと掛け布団をフランスからひきはがし、イギリスはフランスの頬をぺちぺちと叩いた。
「お願い、あと3時間。」
「だめだ。」
やはりぐいぐいとフランスの体を起こそうとするイギリスにフランスは素直に従う。抵抗するほどの力がないとも言う。
なにか言おうと(そりゃ、こんな扱い抗議の一つでもしたくなる!)口を開こうとしたが、やめた。眠い。そして、経験上知っているのだ。向こうが満足するまで付き合ってやったほうが楽だ、と。
のそのそと起きだしてきたフランスを見て、「よーし、いい子だ。」とイギリスは笑って、言った。
「朝飯、作れ。」


ああ、まだ4時じゃないか。何故こんな早い時間から朝ごはんの支度をしているのだろうかと本気で憂鬱な気分になりながらフランスはキッチンに立っていた。安眠を妨害してきた本人は、フランスが寝ぼけて大事を起こすと危ないとでも思っているのか、キッチンに椅子を引っ張ってきて座っている。
オムレツ。そしてバターたっぷりのクロワッサンとパン・オ・ショコラにアプリコットのジャムとマーマレードのジャムを添えて。自分のためのカフェオレとイギリスのための紅茶を淹れる。フランス式朝食とイギリス式朝食がない交ぜになったものをフランスは30分とかからずに整えた。習慣とは怖いもので、意識が半分しかなくてもドジをやらかすことはなかった。

もぐもぐと、眠気を引きずる頭で朝食を迎えている。よく味わえない状態での食事などするべきではないと思っているから、遠慮したのだが、あっさりイギリスから却下されたのだった。
ああ、空が明るくなってきたなあ。なんてぼんやりと窓の外を眺めながらフランスはカフェオレに口をつける。向かい側に座っているイギリスは、行儀よくオムレツをほおばっているところだった。
「それで。」
しばらくぶりに言葉を発したフランスを、手を止めてイギリスは見返した。「なんだ。」
「なんで、こんな朝早くから家に来たわけ?」
少しの怒りと疲れと純粋な疑問を織り交ぜてフランスは問いかけた。
「別に。」
「別にってわけないでしょうが。
お兄さんをたたき起して、しかもご飯まで作らせといてそんな態度でいいと思っているの、イギリスちゃん?」
ううっとイギリスが呻いた。悪いとはおもっているんだろうなとぼんやりと思った。けれど、悪いと思っているのなら理由くらい素直に言ってほしいものだ。
「ほら、素直にいっちゃえよ、な?」
ううううう、といくらかのうなり声を上げた後、イギリスが吠えた。
「べ、別にお前の料理が食べたくなったわけじゃないんだからな!ただ、暇だったからお前のとこに来ただけなんだからな!!!!」
「……えーっと。」
ばしばしと瞬きをして固まっているフランスに「もういいじゃねえか!朝食食えよ!!」と赤い顔をしてイギリスが言う。

そういえば、とフランスは思った。ここのところ忙しくて、イギリスと直接会っていなかった。勿論、自分は愛の人で愛で成り立っているからメールを送ったり電話をしたり花を贈ったりと彼を放置するようなことはしていない。そして、ようやく忙しさも終焉を迎えるからと、今度の休日にイギリスに会いに行く約束を先日取り付けたばかりだった。……それでも、さみしがりやな恋人はこらえきれなかったのだろう。
「イギリス」
「……な、なんだよ。」
「早くそういうことは言ってよ!お兄さんに会えなくて夜も眠れないくらいにさみしかったんだろ?」
ああ、ごめんね、お前をさみしがらせてしまうなんて俺は愛が足りなかった!なんて嘆くと、「ばか!」とフォークが飛んできた。バイオレンスな恋人だ。
「ね、イギリス。」
ニヨニヨ笑いをやめて、「もっと、俺の朝食を食べて。」と微笑むとイギリスは「仕方ねえなあ、食ってやるよ。」と横柄に頷いた。

気だるくてベッドにもぐりこみたくなるくらいに眠いけれど、これはきっと幸福な食卓なのだろう、とフランスは目を細めたのだった。




さみしくて我慢できずに兄ちゃんとこにきたイギとたたき起こされてだるい兄ちゃんの話。
この後、イギリスを抱き枕にして兄ちゃんは二度寝しました。


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